奄美保護規制への提案書を提出
奄美では昨年と今年、2回にわたって保護規制を訴える新聞記事がでた。そしてこの8月29日に「奄美の希少野生生物シンポジウム」が開かれることを知り、保護規制が本格化しているものと考えられたため、当協会から松香が出席した。
シンポジウムには約130人が集まり、4人のパネラーが奄美の現状を訴えた。内容はハブを捕るために放したマングースが推定1万頭にも増え、他の動物の害敵となっていること、奄美固有種の植物が移入植物や環境破壊によって危機にさらされていることなどが報告された。
その場では昆虫の問題は取りあげられなかったが、今後何らかの保護規制をするものと考えられ、下記のような提案書を主催者である「奄美の固有種を考える議員の会」へ9月25日付で送付したことを報告しておきたい。 1999年9月25日
奄美の固有種を考える議員の会 代表 岡山洋一 様
日本昆虫協会 会 長 奥本大三郎 自然保護委員会委員長
川上 洋一 自然保護委員 松香 宏隆 理事 元鹿児島県立博物館館長 福田 晴夫
「奄美における昆虫の保護規制」に対する提言ならびに提案
―前文省略―
1.現在の自然保護に伴う法的な規制策の問題
ある特定の環境下に生息している動植物を保護する取り組みは、地域指定による天然保護区域、原生自然環境保全法、自然公園法と、種指定による天然記念物があります。しかし、種指定の天然記念物は、指定種が生息する地域の自然環境を保護する機能が不十分であるため、様々な環境破壊に対し、指定種を生息環境面から保護できない現状となっております。
また、種指定による弊害としては、一般の研究家、愛好家による自由な観察が規制されるため、生息状況を把握する観察者が不足し、環境悪化による衰退に気付くのが遅れて、種あるいは個体群が危機的状況に陥ることもあります。過去の事例では、古くは奈良県のルーミスシジミ、近年では関東各県のミヤコタナゴ、沖縄県のヤンバルテナガコガネなどがその代表です。
2.奄美の昆虫における現状の問題 最近いくつかのマスメディアが取り上げたクワガタムシの採集モラルに関する問題は、私どもも常に懸念している問題の一つです。報道された内容は、採集者のモラルと現地住民への迷惑、そして特別保護区での密猟が中心であったと理解しておりますが、これは昆虫採集そのものの是非とは全く次元の異なる事柄と認識しております。
そして、悪質な昆虫の「漁」行為と、地域の昆虫の変異や生態を調べたり、個人が趣味として昆虫を捕って楽しむ昆虫採集が混同されないことを願っております。地元の皆様が、そうした悪質な「漁」行為をマスメディアを通じて目にされ、一般的な昆虫採集に対してまで悪い感情をいだかれてしまうことを残念に思い、なんとか解決して、できますれば皆様に、健全な趣味である昆虫採集の本当の姿をご理解いただきたいと願っております。
3.昆虫の保護規制に関わる認識と問題
まず最初に昆虫は、鳥類や哺乳類などと、その繁栄戦略が大きく異なることをご理解下さいますようお願いいたします。
昆虫は食物連鎖の中では、小型の消費者にあたる生物群であり、一般に小さいエネルギーとスペースがあれば大量に発生し、多くのものが短いサイクルで世代交代を繰り返します。ゴキブリなどの衛生害虫を見ても分かる通り、捕獲だけでそれを根絶することは困難です。また、駆除の甲斐あって根絶出来たと思っていても、しばらくするとまたぞろ現れますが、それはもちろん無から湧いてくるのではなく、昆虫の繁殖力の強さと移動力の強さによるものです。
しかしその一方で、昆虫は環境の変化には弱く、生息する地域の環境が大きく変わると姿を消します。ゴキブリが人家で繁栄しているのは、ゴキブリと人の生息環境が一致しているからで、人間が住みにくい環境にすれば、ゴキブリを追い出すことができるというわけです。
つまり、生息環境が守られているうちは、昆虫を採集という方法で根絶することは困難であり、昆虫を保護するにはその生息環境を守る以外にありません。
一方、鳥類や哺乳類は、エネルギーとスペースを大量に使う割には繁殖力も小さく、世代交代には長い時間がかかります。このあたりが、その保護を行う上で昆虫との大きな違いとなります。
残念ながら、現在ある昆虫の保護策には、鳥類や哺乳類の保護策をそのまま流用し、昆虫とその他の動物の違いを理解しているとはいいがたい状況にあります。
4.アマチュアの昆虫愛好家の必要性 昆虫は小さく、しかも世界では約100万種、日本では約3万種という膨大な種を持つ生物群です。専門的な知識を持った者が詳細に検証しないと、種はもちろん属や科の同定すら難しい種が数多くあります。
保護すべき昆虫の生息状況は、脊椎動物や植物とは違い、目視観察だけでは正確な情報が得られません。また、一人の研究者が検証できる種はごく限られたものであり、専門外の昆虫については、標本を各地の専門家に送り検討してもらうことも必要です。さらに、生物の保護上非常に重要なデータとなる、分布域の変化や経年変化などは、長年に渡るきめ細かい採集の継続によって初めて明らかになります。
昆虫を題材とした自然科学の分野には、アマチュアの昆虫愛好家の力が必要不可欠です。いわゆるプロの研究者も、研究材料としてアマチュア昆虫愛好家が実際に野山で集めてきた資料に頼ることが少なくありません。新種の発見や分類、系統の整理、生活史の解明、図鑑の編纂や発行等々、日本の昆虫学の発達史においては、アマチュアの業績が多大な貢献をしてきました。
また、奄美諸島の昆虫目録は残念ながらまだ作成出来ていません。膨大な文献と未発表資料をかかえ、全分野にわたる多数の昆虫分類学者の協力体制づくりに多大の時間とエネルギーを要するからです。しかし、沖縄県にならって是非ともやらなければならない大仕事だと考えていますし、アマチュア昆虫愛好家が協力しなければ出来ない仕事でもあります。地元でもぜひご検討下さい。
私どもは、昆虫採集に対する誤った認識によって、一般昆虫愛好家の活動が阻害されることがあってはならないと考えています。今後も人々に昆虫採集に対する理解を求め、正しい知識の普及に努める所存です。どうかご理解と協力をお願いいたします。
5.投機市場に利用されている昆虫の問題 この問題は昆虫だけではありません。最近のエキゾチックアニマル(ペットとして売買される野生種の動物)を始めとする、変わったペットの業界が形成され、現在市場は膨脹傾向にあり、投機目的で参入する者もあります。
私ども昆虫愛好家は、一部のクワガタムシがこうした市場に関わっているのを大変苦々しく思っております。しかしながらこれらを規制するのは、市場経済の原理原則から見て大変に難しいと思います。昆虫を愛さない、昆虫を投機商品としか見ない人々がもたらす悪質な「漁」が、今回の奄美のクワガタ問題を引き起こしたと考えられることは、本当に残念でなりません。
現在私どもでは、これらの問題に対し、昆虫愛好家側からの指標作りを急いでおり、それが皆様のお役にも立つものになるよう努力いたします。
6.議員の会の皆様への提言 以上、長々と現状の問題点や私どもの考えを述べてまいりました。以下にこれらを踏まえて、奄美の自然を守る施策のなかに、昆虫の特性や昆虫愛好家の願いにもご配慮いただきたく、次の4項を述べさせていただきます。
1)保護と活用の両立
[昆虫採集は自然の仕組みを知るには良い方法です] 昆虫を通して自然を知るには主に二つの方法「観察と採集」があり、どちらも同じぐらい大切なものです。しかし残念なことに「観察は良いが、採集はいけない」と申される方が多く残念でなりません。 昆虫は小さく素早いため、観察するには捕まえて手にとる必要があり、さらに詳しく調べるためには飼育したり標本にすることも必要でしょう。そして、そこからでてくる疑問は、まさに自然の仕組みや多様性を知る一歩となります。
自然環境の保全とそれを活用して自然科学の発展を促進し、併せて自然を理解し愛せる人材を育成する。その両面を考慮した社会の仕組み作りが必要と思われます。人と自然を管理し規制するのではなく、人と自然を育て柔軟に活用する方向でご検討いただけますことを、お願いいたします。
2)マクロ視野での環境保護
[昆虫は生息環境が保たれていれば、採集によって絶滅はしません] 一部で昆虫採集が昆虫の減少の元凶のように言われることがありますが、これまで採集によって絶滅した昆虫は一種類もありません。環境庁編「日本版レッドデータブック―日本の絶滅の恐れのある野生生物」でも、昆虫の減少の原因は開発などの環境破壊であることを明らかにしています。この点は乱獲に弱い脊椎動物や植物の場合と大いに違うところです。
誤解のないよう追記しますが、生息地の広さが不充分であったり、生息環境として昆虫の食べる餌や行動に必要とする空間などが充分でない場合は、過度の採集によって絶滅する可能性もあります。ただし、そのような場所ではちょっとした気候の変化や小規模な開発でも、採集以上に大きな脅威となります。
また例えば、採集禁止区域での密猟などは決して赦されるものではありませんが、それだけに注目した警察的な対策を講じるだけではなく、生息環境を考えたマクロの視点での環境保護施策をお願いいたします。
3)種指定の天然記念物は保護の役には立ちません
[種の指定は誤解や偏見を助長させています] 生息環境が悪化し数が減ったからと、天然記念物に指定しても、環境が悪いままなら昆虫は絶滅してしまいます。また、特に天然記念物に指定しなくとも、環境を改善すれば数を盛り返すでしょう。
全国の自治体の中には、貴重な昆虫を保護するとして、特定の種を自治体の天然記念物に指定しているところも少なからずあります。しかし、環境保全に配慮しないため、実効性のある保護ができたというところは少なく、専門家の間でも、自然の仕組みを理解しない施策であると問題視されています。
昆虫は隠れるのが上手で、素早く、かつ小さいため、生きたものを野外で観察するのが難しい生物です。詳しい観察や研究にはどうしても採集が必要になりますが、天然記念物に指定されてしまうと、一般の昆虫愛好家が採集できなくなるので、その種に関する情報は激減します。また、発生変動の大きい昆虫は常に調べていないと状況を判断することができなくなり、たとえ危機的な状況になっても具体的な対策がとれず、消滅を待つばかりになってしまいます。実際にそうして消滅した天然記念物もあります。
また、種指定の条例はその種を採らなくても、ネットを持っているだけで咎められますから、全ての昆虫に対する採集規制として機能するようになり、その地域は昆虫のデータの空白地帯となってしまう可能性があります。
4)自然の理解解明と保護施策がともに共生する仕組み作り
[昆虫の自然史分野での研究はプロとアマチュアの区別はありません] 一般の方々にはなかなか理解されにくいことですが、昆虫関係の学会は多くのアマチュア会員が支えています。論文などの研究業績に関しても、プロとアマチュアの差はありません。アマチュアの活動による多くの基盤研究成果が世の中に発表され、自然の理解解明の促進により、さらなる環境保護と個々の動植物の保護につながって行く為の仕組みが作られることを願って止みません。
7.議員の会の皆様への期待 以上を基に、奄美の保護施策をご検討していただけますならば、さらに下記の5項目を提案させていただきます。
1)昆虫の保護に役立たない種指定の天然記念物はつくらないで下さい。
2)環境保護のための採集制限を含む保護区域の指定ならば喜んで協力させていただきます。その場合、一定のルールに則れば調査研究ができ、それも大学や博物館、行政から委託された研究者だけではなく、アマチュア研究家にも門戸を広く開放していただけたらと思います。 さらには、採集方法や採集個体数などの採集ルールを取り決めた上で、短期間でもけっこうですから、趣味として昆虫採集を楽しむ昆虫愛好家への解放もご検討いただけたら幸いです。 貴会の主旨『奄美の財産、世界の宝物を、みんなで共有し、みんなで守って、育てて、活用して、次の世代へ引き継いでいく』には深い感銘をおぼえました。是非ともこの主旨通りに、自然を守るだけでなく活用することが実現されますよう、お願いたします。私どもには、体験的に自然の仕組みを知っていて、これからの自然保護を支えていく昆虫愛好家が育って欲しいという強い願いがあります。
3)保護区域は漠然とした広いエリアではなく、保護の実効性があって、ゆきとどいた管理が及ぶ適切な広さにとどめ、人々が利用する道路、林道、民家の周辺は避けて下さい。
4)誤って保護区域内に入ったり、規則に反する採集をしてしまうことがないよう、表示などを含めた広報をお願い致します。もちろん私どもも、広報活動には精一杯のご協力をさせていただきます。
5)皆様と私どもが協力して奄美の保護規制に取り組むことができれば、これほど嬉しいことはありません。また下記の関係学会にもご相談されたく存じます。
最後になりましたが、私どもは創立以来、昆虫愛好家が守るべき最低限のマナーを、「フィールドマナー」として呼びかけてまいりました(内容は同封の「入会のご案内」をご覧下さい)。しかし、残念ながら、一部の採集者や専門業者の中にはモラルに欠ける採集をしていることも事実です。どの分野においてもこのような人物は存在し、多くの昆虫愛好家は迷惑をこうむっております。これからもマナーの普及には周知徹底するように努力致しますが、それと昆虫保護とは次元の異なる問題であることをご確認下さるよう重ねてお願いします。
以上、「奄美の保護規制」に関して提案させていただきました。今後とも奄美の環境保護に関して私どもにお手伝いできることがありましたら、微力ながら協力させていただきます。 日本鱗翅学会 自然保護委員会 〒5599-8531 堺市学園町1-1 大阪府立大学農学部応用昆虫学研究室 電話0722-54-9412
日本昆虫協会
〒114-0015 東京都北区中里2-13-1-603
電話03-3910-7170 (旧住所)
(1999年11月25日発行、日昆協NL第41号掲載)
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