日本昆虫協会理念
「日本昆虫協会」は「昆虫愛好会」ではありません。
木村 義志
まずは以下の新聞記事と雑誌記事を読んで下さい。
「鳩山さんは、チョウのコレクターなんでしょ。ハト派が売り物らしいけど、チョウをピンで刺すよう人って、優しい人間だとは思えない」 (ピーコ/朝日新聞・1999年4月7日 インタビュー記事) 「変質者の代名詞のような蝶のコレクターの鳩山邦夫が加わって」 (佐高 信/噂の真相・1999年5月号 署名記事)
これは先日の東京都知事選挙を前に書かれた各有力候補の人物評です。どちらも鳩山邦夫氏は蝶のコレクターだから気に入らないと一言で片づけられています。ピーコ氏に「オネエ言葉で喋るおじさんなんてマトモな人間とは思えない」とか、佐高氏に「虚言癖の代名詞のような文筆家の佐高信が」といったら何と答えるか、聞いてみたくなりますね。
ピーコ氏も佐高氏もそれなりに人気と影響力のある評論家で、世間から差別や人権に敏感な文化人、知識人と目されている人物です。佐高氏などは同じ記事の中で石原慎太郎氏の差別意識を攻撃しているほど。こんなエライ先生方でも(その記事を載せた新聞雑誌の記者や編集者も)、こと昆虫趣味となると無知をさらけ出して蝶コレクターの人権を踏みつけてしまう訳ですから、世間一般の認識はもっとひどいと考えるのが自然でしょう。
最近は昆虫採集や標本蒐集に対する理解が深まってきたという声を耳にしますが、それは全くの誤り。昆虫愛好家の錯覚に過ぎません。もし本当にそうだとすれば、自然や生物に興味のある、ごく限られた人々の話。大多数の人は昆虫なんぞに興味は有りません。昆虫ピンをプスッと刺してニヤニヤしているのは、変質者かそれに近い奴に違いないと思っています。好意的に見られたところで「夏休みになると子供達に虫捕りを教えている変なおじさん」「変わってるけど素朴でいい人」といったところでしょう。昆虫採集や標本の蒐集を知的な趣味だと思う人はごくごく少数派です。
ファッション評論家が選挙や政治についてのコメントを求められても、蝶のコレクターにお声がかかることはないでしょう。やはり新聞に載るときには「心ないマニア」とか「後を絶たない密猟者」として、昆虫減少のスケープゴートにされるのがお似合いのようです。
私たちは蝶のコレクターであることが人格攻撃の材料になるような社会を、絶対に受け入れることはできません。
日本昆虫協会はこうした昆虫趣味に対する無知や偏見と闘い、昆虫愛好家の自由と権利を守るために(メディアへの抗議行動や、自然破壊と合理性のない採集禁止への抵抗などはその一例)設立された団体です。闘争方法はもちろん示威行動などではなく、科学的根拠の積み重ねによる、穏便で、紳士的で、スマートで、そして少しだけ(場合によってはかなり)意地の悪い「言論」です。
会員の中には、議論より会員向けのサービスを充実しろ(例えば「昆虫採集会などのイベントを増やせ」とか「昆虫がよく捕れる場所や発生状況を教えろ」)といった声もあります。よほどの余力があればそんな声にお応えできるのですが、今の力は限られています。
何度もいいますが、私たちは昆虫愛好家の自由と権利を守るために日本昆虫協会に集っています。結集した力は内輪向けの会員サービスなどではなく、本来の目的である外に向けた抗議や啓蒙活動に優先して使われるべきでしょう。それが会員に対する責任でもあります。
この会に昆虫愛好会としてのサービスを期待されている方には大変申し訳ありませんが、昆虫協会は昆虫愛好会ではありません。
昆虫協会に参加する目的は、今後も末永く昆虫趣味を楽しむために必要な社会環境の整備とお考え下さい。もちろんこれまで行ってきたイベントは継続するつもりですが。今後それを拡大する余力はありません。
日本昆虫協会は、あなたが昆虫趣味を楽しむためのサービスは一切しません。あなたが昆虫愛好家として自由に気持ちよく生きるために存在します。
「なんだ愛好会じゃないのか。圧力団体ならやーめた」と退会されるような方がいたらとても残念なことですが、それはそれで仕方のないことです。ただ、こんなご時世に野山で網を振っていれば、一度や二度は嫌な思いをするでしょう。そんなとき昆虫協会に泣きついてきても助けてあげません、というのは大ウソで再入会大歓迎。皆にその話をして下さい。そしていっしょに闘いましょう。
どうか会員の皆様、本会の主旨をご理解の上、今後一層のご協力を御願いいたします。
(1999年5月26日発行、日昆協ニュースレター第39号掲載)
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