静岡県天竜市が「野生動物保護」と称する採集禁止条例を作る
木村 義志
天竜市はこの条例で
「自然豊かな郷土づくりに寄与するとともに、これを次代に継承」できると本気で考えているのだろうか。
静岡県天竜市でギフチョウの保護条例が検討されていることを知った我々は、これまでの苦い経験と、極めて短絡的な論理によって昆虫愛好家を排除しようとする地元の自然保護愛好家への危機感から、関係機関に向けて、より実効性のある科学的な保護施策の検討を訴えてきた。 その内容は天竜市市長、天竜市議会議長、天竜市教育委員会ならびに静岡新聞社、同浜松支局、また、中日、読売、朝日、毎日各社の静岡支局あての要望書としてまとめ、1997年3月に送付した。
しかし残念なことに、天竜市議会は「野生動植物の保護に関する条例」として、単純にギフチョウとヒメカンアオイの採集禁止だけを狙った実効性のない、非科学的な条例を可決した。これによって天竜市の動植物保護に対する認識の甘さが明らかになったといえよう。やはり遠い地域に住む専門家の正論より、選挙権のある地元民の暴論が優先されるのであろうか。
条文の第1条は「目的」として「天竜市と市民が一体となって、枯山地域(静岡県渋川自然環境保全地域の天竜市部)に生存する稀少な野生生物の保護を図り…」とあり、具体的な施策は第5条「何人も、枯山地域においては、当該地域に生存する野生動植物のうち、ギフチョウ及びヒメカンアオイの採取等をしてはならない…」のみ。それ意外は「静岡県が実施する施策と相まって、枯山地域の自然環境の保全に努めるとともに、そこに生存する野生動植物を保護するための必要な施策を講ずるものとする」といった抽象的な宣言だけ(県条例とどのようにリンクしているかは不明。
天竜市の条例は隣の引佐町の条例に倣ったもので、一部の市民が主張していた「隣町が禁止しているのに我が町が野放しというのはおかしい」という隣組的な論理が、科学的な整合性より説得力があった)。条文を見渡せば、これが単にギフチョウとその食草の採集を禁止するだけの目的で作られたものであることは、誰に目にも明らか。ちなみに違反者には5万円以下の罰金が科せられる。
しかも「市民等は市の施策に協力するものとする」という条項があり、これに関して施行規則では市民による「監視員(市長から委託)」によって、巡視、監察、違反者への指導、警察への通報、市長への報告がなされることになっている。ギフチョウのマークを胸に、オフロードバイクを駆って採集者を追っぱらって悦に入っておられた方々も、めでたく市長公認となる可能性があるのだ。
まだ悪いことがある。この施行規則には種が明記されず、単に「野生動植物の採集」云々とあるから、ネットを持っているだけで熱血監視員の「指導」の対象になりうる。さらに、市長は枯山地域の野生動植物を保護するという名目で、他の地域にも採集制限区域を拡大することもできることになっている。
昆虫の愛好家なら誰でも知っていることだが、昆虫採集とギフチョウを含む昆虫の減少や絶滅は無関係である。当協会と静岡昆虫同好会では、天竜市の枯山地域の場合、採集以外のもっと別の理由でギフチョウが減少することを指摘したが、今のところ天竜市はそれに耳を傾けるつもりはないようだ。
稚拙なメディアが作り出した貴重なチョウとそれを狙う心ないマニアといったステレオタイプのフィクションに、素朴で頑固な正義感を刺激され、自ら実効的な保護のチャンスをつぶしてしまった地域の人々の悲劇がまたひとつ始まりそうな気配。我々は今後も天竜市に対し、本当に実効性のある動植物の保護施策を求めていくつもりである。
また、この問題に興味がある会員は、個人レベルでも天竜市に対し要望書や質問状を出していただきたい。(条文や資料は事務局にありますので、請求してください)
(日昆協ニュースレター第31号、1997年7月20日 掲載)
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