日本昆虫協会
にほんこんちゅうきょうかい Japan Insect Association

〒113-0022 東京都文京区千駄木5-46-6「虫の詩人の館」内
ホームアイコンHome >記事アーカイブ

ギフチョウ保護をめぐる常識のウソQ&A


Q.ギフチョウは蝶の中でも古い系統に属し「生きた化石」と呼ばれているそうですが、そんな貴重なものを採集して良いのでしょうか。

A.「系統が古い=生きた化石=貴重=保護が必要」という論法は、一部の自然保護活動家やマスコミによってよく使われていますが、生物は家系図や骨董品ではありませんから、系統が古ければ貴重ということはありません。
「生きた化石」が貴重であるという論理が正しいのなら、ギフチョウと比べものにならないほど古い系統であるゴキブリに対しても、絶滅の危機からすくうために大々的に保護運動をしなければならないでしょう。それよりさらに古いサメやチョウザメから得られるフカヒレやキャビアを食べるような人間は、貴重な「生きた化石」を食害する極悪人ということになりかねません。また、系統の古さは種の持つ繁殖力ともまったく関係がありません。幼虫を飼育しても、ギフチョウはアゲハなどよりはるかに飼いやすく丈夫です。

Q.ギフチョウは日本特産種で生息地も限られているほど勢力が弱いのだから保護すべきでは。

A.日本特産種が貴重というのであれば、モグラやアカネズミやヤマドリやカナヘビを始めとして、膨大な種類が保護の対象となるべきでしょう。
 また○ページの図をご覧になって、分布域が限られていると感じるかどうかは、主観の問題になると思いますが、ギフチョウよりずっと分布の狭いチョウはたくさんいます。そもそもチョウの分布は、地質の成り立ちや食草の分布、他の種類との競争関係など、複雑な要素が入り組んで現在見られるような形になっています。勢力が弱いから分布が限られているという発想は、生物地理学と人間社会の縄張り争いを混同しているのではないでしょうか。

Q.ギフチョウの食草であるカンアオイの仲間は、一万年かかってやっと数キロメートル移動すると言われています。弱い植物に依存しているのだから、保護が必要では。

A.移動力の小ささと繁殖力の弱さには何の関係もありません。日陰でひょろひょろしていたカンアオイの株が、木が切られて日当たりが良くなった途端に繁茂している例がいくらでも見られるように、ひ弱な植物というイメージは誤りです。生息にあった条件が整えば、彼らの繁殖力は相当なものといえるでしょう。カンアオイ自体の栽培増殖も、多少の園芸知識さえあれば、比較的簡単な部類に属します。
 また、数キロメートルの移動に一万年という「定説」については、近年専門家の間でも根拠の曖昧さが指摘され、より複雑な要素を考えるべきとの声が聞かれます。
 いずれにしても「古い」とか「弱い」とかマイナスイメージを持つ言葉を使って生物保護をアピールする発想は、生物に対する科学的な分析よりも、情緒に訴えていこうという意図が露骨で、あまり健全なものとは思えません。

Q.ギフチョウを売買目的で採りあさる「業者」や高値で取り引する「マニア」がいると聞きますが本当ですか。

A.資本主義社会における物の価格は、部外者からは高値に見えても、需要と供給のバランスで決定されるのが常識です。とはいえ、国内の市場におけるギフチョウの平均的価格は、野外採集でまったく無傷なものが、標本制作の手間賃も含めて2,000円未満です。交通費や日当を考えると、商売としていかに割りのあわないものかがお分かりいただけるでしょう。豪邸に住む「業者」の存在を寡聞にして知りません。しかも標本を購入する「マニア」の多くは、投機の目的にしたり死蔵するわけでもなく、人類共有の自然遺産として丁重に扱い、自分の死後は博物館等での保管を望んでいる場合がほとんどです。

Q.ギフチョウを海外に密かに輸出する者もいるという新聞記事を読みました。こうした行為を防ぐための法規制が必要と思いますが。

A.ブラックマーケットの存在をほのめかす記事は、美術品の海外流失を連想させ、読者のナショナリズムをくすぐりますが、ギフチョウ保護を主張する団体が流した悪質なデマに他なりません。もしそうしたルートが存在するのであれば、欧米人にとっては日本特産のギフチョウも極東アジア特産のアゲハも、珍しさには大して変わりがありませんから、我と思わん方は「密かに」この本邦最普通種も輸出してみてはいかがでしょう。なお、マイナスイメージを強調しようという意図からか、こうしたルートへの暴力団の介在も噂されましたが、さすがにここまでくると、噂を流した側の品性を疑わざるを得ません。

Q.東京や神奈川では、乱獲のためにギフチョウが絶滅したと聞きますが。

A.採集によってギフチョウが絶滅した地域は確認されていません。
 ギフチョウといえば「乱獲=絶滅の危機」と連想されるほど、その衰退の原因を昆虫愛好家の採集行為とするイメージが広く浸透しています。しかし、どれだけ採集すれば「乱獲」となるのかの基準すら曖昧で、因果関係を証明するための調査が行われた例も聞いたことがありません。近年、衰退の原因は雑木林の利用形態の変化にあることが明らかになっています。にもかかわらず、この言葉を安易に使っている自然保護団体や報道機関は、科学的センスの存在を疑われても仕方がないでしょう。
 東京のギフチョウ絶滅については、もともと生息地が狭かったうえ、丘陵地の開発と雑木林の手入れ不足が重なったことが原因です。また、神奈川のギフチョウは各地で復活する傾向にあります。生物、特に昆虫の発生状況は年々変化するので、最新の情報を得るようお勧めします。

Q.我が郷土のギフチョウも数が少なくなっているようで心配です。なんらかの保護策が必要と思いますが。

A.ギフチョウの保護を考えるのであれば、まずはその現況を把握するために綿密な調査をするべきでしょう。気象条件などにより年によって発生数には大きなちがいがあるので、数年にわたって発生期の終わりぐらいに、なるべく多人数を動員して産卵状況の調査をするのが効率的です。自然に親しむイベントとして広く一般に呼びかけて行えば、宣伝効果もあり一石二鳥です。調査無くして有効な保護策はありえません。具体的な保護の方法論については本誌でご紹介しています。
 なお、ギフチョウをシンボルとして、郷土の自然への関心の喚起を目的とする市民運動の存在をよく耳にしますが、科学的根拠の無い「郷土の宝=天然記念物指定=採集禁止」といった方向に活動が流れ、よそ者の排除を目的とした地域ナショナリズムの扇動に終わる事がないよう、ご留意いただきたいと思います。

Q.ギフチョウの数が減ったのなら、飼育して放せば良いのではないでしょうか。そうした活動をしている人をテレビや新聞で見たことがありますが。

A.増殖したチョウを放すことは、マスコミにも美談めいて紹介されますが、一時的には増加したように見えても、いずれは減少してしまうでしょう。ギフチョウが減少する原因は生息環境の悪化であり、これを改善しないかぎり増加することはありえないからです。環境改善と平行して行うのであれば、放チョウも効果が期待できるかもしれません。
 ただし、ここで注意しなければならない事は、決して他の地域のチョウを放さないことです。ギフチョウはそれぞれの地域で微妙に異なる遺伝子を持っています。これは、長い進化の歴史の中で獲得されてきた地域固有のものであり、他の遺伝子を持つチョウを放してこれを撹乱することは、重大な自然破壊に他なりません。

(2000年3月 蟲と自然No.3 掲載

Copyright (C) 2006-2007 Japan Insect Association. All Rights Reserved.